「初日は色々とトラブルが起きます」。2020年に新人研修の講師を務めた人は、noteの研修日記にこう書いています。研修生は23人。前もって全部のPCを立ち上げてみて、問題はなさそうでした。ところが初日、全員が一斉につなぐと、ネットワークに入れない人が続出します。
研修の初日は、研修担当にとっては運営の山場で、情シスにとっては新しいPCとアカウントが一斉に動き出す日です。両方の準備は、同じ日の同じ部屋に集まります。それなのに、段取りは別々に組まれがちです。
前もって動いても、全員がそろうと詰まる
講師は、その場で原因の見当をつけました。
もしかするとルータのDHCPの設定で配布可能なIPアドレスの数が足りていないのでは?と思い、ルータの設定画面を見てみると、案の定でした。
出典: note「2020年度 新入社員研修日記【1日目~19日目】」(2020年5月6日)
かなり焦ったものの、なんとか解決したと日記は続きます。IT企業の新人研修で、講師に情報処理の知識があったから、その場で直せた面もあるでしょう。
研修担当の側も、PCの確認を怠っているわけではありません。人事歴12年の書き手が2026年2月に公開した研修運営のnoteは、前日に会場で使うチェックリストで、受講生用PCの欄に「ログイン確認、充電器の有無」、ネット環境の欄に「Wi-Fiパスワードの周知(掲示物を作成しておく)」を挙げています。毎回、前日の夕方に会場へ入り、10分ほどで見て回るそうです。
ただ、ログインの確認は1台ずつでも済みますが、全員が同時につないだときの様子は、受講生がそろうまで分かりません。日記の講師も前もって全部のPCを立ち上げていて、それでも初日に詰まりました。前日に試すなら、研修担当の10分に情シスが一度だけ同席し、受講生用のPCを全部、同時につないでみる。それより確かなのは、数で見ておくことです。会場で配れるIPアドレスの数と、無線のアクセスポイントがさばける台数は、研修の人数が分かった時点で前もって確認できます。受講生が自分のスマートフォンも同じWi-Fiにつなげば、つなぐ台数は人数より多くなるはずです。
掲示物のパスワードにも、情シスから一言添えたいところです。研修室の壁に貼るのが社員用のWi-Fiのパスワードなら、研修が終わったあとも、来客の目に触れる場所に残りかねません。受講生用のPCに前もってWi-Fiの設定を入れておけば、掲示そのものが要らなくなります。
「スマホはカバンに」と「認証アプリを入れて」
新人研修の講師が2025年に書いたnoteは、初日のオリエンテーションで伝えるルールをこう紹介しています。
初日のオリエンテーションで、「受講中はスマホ禁止、カバンの中にしまっておくこと」とルールを説明しますが、
出典: note「新人研修でのスマホ問題」(2025年5月19日)
社会人としての線引きを身につける場として、もっともな決まりです。一方で、同じ初日に情シスが頼みたいのは、スマートフォンに認証アプリを入れることかもしれません。「スマホはしまって」と言われた10分後に、「スマホを出してください」と言われる。これでは、新人はどちらに従えばよいか迷います。
情シスの目線でEntra IDのパスキー登録を書いたZennの記事(2026年6月)は、新入社員は入社した直後には多要素認証の手段を持っていないことがある、と指摘します。そこで使うのが一時アクセスパス(TAP)。時間を区切って使える一時的なパスコードで、これでサインインしてから、パスキーなどを登録します。同じ記事は、TAPについて「発行の瞬間が実質的な本人確認ポイントになります」とも書いていました。
新人が全員、対面でそろう研修の初日は、この本人確認にうってつけの日です。社員証や名簿と顔を照らし、その場でTAPを渡し、登録まで見届けられます。研修担当には、時間割に「認証の登録」の枠を取ってもらい、その枠の中だけはスマホを出してよい、と告げてもらう。枠を1つ作るだけで、2つの決まりは両立します。
TAPの既定の有効期間は1時間。ポリシーで10分〜30日の間で変えられる出典: Microsoft Learn「一時アクセス パスを構成してパスワードレス認証方法を登録する」(引用)
気をつけたいのは時刻です。Microsoftの文書によると、TAPの有効期間は既定では1時間で、ポリシーでは10分から43,200分(30日)の間で決められます。1回限りの使用にしたTAPなら、サインインから10分以内に登録を終えなければなりません。朝の受付でまとめて配ると、研修が押して枠が昼にずれたとき、TAPが切れているかもしれません。発行は枠の少し前に、と決めておくと慌てずに済みます。同じ文書によると、TAPを足してからサインインの画面に出るまで数分かかることがあり、発行のときに使い始める時刻を指定することもできます。朝のうちに発行し、使い始めを枠の時刻に合わせておくのも一つの手です。
この枠は、「情シスは電話で認証の登録を頼まない」と新人に伝える場にもなります。情シスやヘルプデスクを名乗る電話で、パスキーへの移行を口実に偽の画面へ誘う手口には、カナダが注意を呼びかけたばかりです。入社したての社員は、情シスの声も、社内の手順もまだ知りません。
私物のスマートフォンに認証アプリを入れてもらうかどうかも、研修の前に決めておきます。断る新人がいたとき、セキュリティキーなどの代わりの手段をその場で渡せるかで、枠に要る時間が変わるからです。
eラーニングの「受講済み」は、何の記録か
研修の初日が終わると、次はeラーニングです。音声の学習サービスを売るオトバンクが2026年6月に会社員400人に聞いた調査では、会社から求められたeラーニングを最後まで受けた人は42.5%でした。週1回以上リモートワークをする231人に絞ると30.7%。ほかの作業をしながら受ける「ながら受講」を経験した人は80.5%(よくある34.0%、たまにある46.5%)です。
受講完了の「数字(ログ)」は残っていても、実際には通常業務の裏で流しっぱなしにしているなど、
出典: オトバンク「eラーニング受講の実態調査」(2026年7月13日)
調査した会社には、短い時間で聞ける学習を勧めたい事情があります。それを割り引いても、「受講済み」の記録と、中身を学んだかどうかが別物だという点には、情シスにも身に覚えがあるはずです。ISMSやプライバシーマークで求められる教育の記録として、eラーニングの受講履歴を出す会社は多いでしょう。記録としては使えても、それで社員が不審なメールを見分けられるようになったとは言えません。
だからといって、PCの操作ログで「ながら」を監視する方向に進むのは、筋がよくないと編集部は考えます。人事の目的でPCのログを使うときの線引きは、労務から「PCのログを出して」で書いたとおりです。情シスが中身を作るセキュリティの研修なら、見るべきは受講の時間より、不審なメールを報告できたかのような行動の側。研修担当とは、記録の取り方より先に、何をもって「身についた」とするかを話すほうが実りがあります。
研修のあとに残る、名簿と録画
eラーニングのシステム(LMS)は、社員の名前と会社のメールアドレスがまとまって入った台帳でもあります。コンタクトセンターのクラウドを提供する米Genesysは2026年10月、社内のLMSとCRMに不正なアクセスがあり、その中の情報が見られたり持ち出されたりしたと公表しました。2つのシステムには、顧客や見込み客の名前、業務用のメールアドレス、電話番号、役職などが入っていたと説明しています。Genesysが挙げたのは顧客との関係を管理するための情報で、社員の研修の記録ではありません。それでも、研修のシステムも名簿のありかとして狙われうることは、よく分かる例です(経緯はGenesysの社内システムに不正アクセス)。
名簿の入れ方で、止める手間が変わります。会社のIDでのシングルサインオン(SSO)で入る形なら、退職の日に会社のIDを止めれば、LMSにもサインインできなくなります。ただし、LMSの中のアカウントと受講記録は残るので、いつまで残すかは研修担当と決めておきます。研修担当がCSVで名簿を上げる形なら、誰かが消さない限り、退職のあとも入れる状態が続きます。退職の連絡票で止める先に、LMSを1行足しておくと漏れません。連絡票そのものの作り方は入社・退社の連絡が遅い?で取り上げました。
研修そのものの記録も残ります。2020年に講師が書いた日記には、Zoomで講義を録画し、動画サイトに上げれば復習に使える、という工夫が出てきます。人事歴12年のnoteは、アンケートをGoogleフォームなどで当日に集め、すぐ数値にすることを勧めていました。どちらも研修の質を上げる、よい工夫です。
情シスが加わりたいのは、保存先の決め方のほう。録画には講義の画面と声が、場合によっては受講者の顔も入ります。アンケートには、名前と率直な感想が並びます。会社のアカウントで作ること、見られる人を受講者と研修担当に絞ること、いつ消すか。この3つを、研修担当と一緒に決めておけば十分です。
研修の時間割に入れる段取り
ここまでの話を、新人研修の前後の時間割にまとめました。研修担当と情シスが一緒に動く行が、時期ごとに1つずつあります。
新人研修の2か月前から1か月後まで、研修担当と情シスが動く時期を1枚にした作成: 編集部 / 出典: 作成:情シスの相棒編集部
来年の研修に向けて、次の順で話を進めます。
- 新人研修の日程と人数、会場を、2か月前までに情シスへ渡してもらうよう研修担当と約束します。中途入社や内定者向けの研修も、同じ予定表に載せてもらいます。
- 会場で配れるIPアドレスの数と、無線のアクセスポイントの台数を、研修の人数と比べます。足りなければ、研修用のネットワークを分けるか、会場を変えるかを相談します。
- 初日の時間割に「認証の登録」の枠を取り、TAPは枠の少し前に発行するか、使い始めの時刻を枠に合わせます。本人確認のやり方と、スマホを出してよい時間は、研修担当が使う運営の紙に一緒に書いてもらいます。
- LMSへの名簿の入れ方がSSOかCSVかを確認し、退職の連絡票にLMSを1行足します。
- 研修の録画とアンケートの保存先、見られる人、消す時期を決めます。
入社の準備を受け持つ情シスの書き手は、2025年のnoteで「その人の初日が“普通に始まる”ことが、私たちのゴールだ」と書いていました。研修担当のゴールも、きっと同じです。同じ日を同じ時間割で迎えるだけで、その「普通」はずっと作りやすくなります。