「何かあったら○○さんに聞いて」で社内のITが回っている会社は少なくありません。その○○さんが、ある日いなくなったら何が起きるのか。
SNSで話題になった二つの話を入り口に、属人化した会社で起きることをまとめます。経営者と担当者が、それぞれ今のうちにできることも紹介します。
SNSで「ホラー」と言われた二つの話
2025年8月、「これはとても怖い話です… 弊社、情シスが消えます」という投稿がSNSで話題になりました。唯一の情シス担当者を役員が解雇することになり、後任はITの知識がない人になる、という内容です。反応には「ホラー」「ガチで怖い」という言葉が並びました。
もう一つは2019年5月の投稿です。長年1人で社内システムを作ってきた社員が辞め、刷新したいので予算5千万円で見積もってほしい、という依頼がありました。
調べた結果は15億円規模で、その社員を年収1億円で呼び戻すべきだと助言した、という話です。1人の社員が10年近く作り続けた結果、システムが想像以上に大きく複雑になっていたそうです。作った人がいなくなると、外の会社は中身を一から調べ直して見積もるしかありません。
どちらもSNSの投稿なので、細かい事情は分かりません。それでも多くの人が反応したのは、「うちも同じだ」と感じたからでしょう。
ひとり情シスがいなくなると何が起きるか
いなくなってすぐに困ることもあれば、数か月たってから爆発することもあります。よくあるものを、起きる順に並べました。
| 起きること |
なぜ起きるか |
被害の例 |
| ドメインの更新切れ |
更新の通知が本人のメールにしか届かない。支払いが本人のカード |
ホームページとメールが止まる |
| サーバー証明書の期限切れ |
更新の手順を本人しか知らない |
ブラウザーに警告が出て、サイトが見られない |
| 管理者パスワードが分からない |
Microsoft 365、ルーター、NASなどの管理者が本人だけ |
設定を変えられない、退職者のアカウントを止められない |
| 契約と支払いが分からない |
クラウドや回線、保守の契約がばらばら |
二重払い、知らないうちに解約されて止まる |
| 障害時に誰も分からない |
構成図や手順書がない |
外部の業者も調査から始まり、時間と費用がかかる |
| 自作システムが直せない |
仕様もソースの場所も本人の頭の中 |
作り直しに大きな費用がかかる |
| 退職者のアカウントが残る |
誰が止めるか決まっていない |
辞めた人が社内の情報を見られるまま |
| 貸与品が回収できない |
PCやスマホの台帳がない |
誰が何を持っているか分からない |
ドメインが切れると、他人に使われることもある
ドメインの更新が切れて廃止されると、一定期間の後、第三者がそのドメインを登録できるようになります。
JPRSは、廃止したドメインが第三者に登録され、悪用されるおそれがあると注意を呼びかけています。同じメールアドレスを作られ、なりすましに使われることもあります。そのアドレスでSNSなどのパスワードを初期化され、乗っ取られる危険もあるとしています。
.jpのドメインなら、廃止から20日以内は登録回復の申請ができます。ただし扱いは事業者によって違い、手数料もかかります。気づくのが遅れると取り戻せないので、通知が誰に届くかがとても大事です。
証明書の更新は、年1回の作業ではなくなる
サイトの通信を暗号化するサーバー証明書は、最長の有効期間が段階的に短くなっています。業界団体のCA/Browser Forumの決定を受けた、JPRSの案内による予定は次の通りです。
| 証明書の発行日 |
最長の有効期間 |
| 2026年3月14日まで |
398日 |
| 2026年3月15日以降 |
200日 |
| 2027年3月15日以降 |
100日 |
| 2029年3月15日以降 |
47日 |
これまで年に1回、担当者が手で更新していた会社は、更新の回数が増えます。自動で更新する仕組みにしておかないと、担当者がいないだけで期限が切れる場面が増えます。準備の進め方は証明書の47日化の記事にまとめています。
管理者が1人だけだと、会社ごと締め出される
マイクロソフトは、緊急時に使う管理者アカウントを2つ以上用意するよう勧めています。締め出しが起きる例として、グローバル管理者の権限を持つ最後の人が組織を離れるケースを挙げています。
緊急用アカウントは特定の個人に結びつけず、複数の管理者が使える安全な場所に資格情報を保管します。マイクロソフトは、金庫の組み合わせ番号を、使える人が辞めた後などに変えることも勧めています。
なぜ、ひとり情シスは属人化しやすいのか
担当者の怠慢で属人化するわけではありません。仕組みとして、そうなりやすいのです。
- 兼務や少人数で、日々の対応に追われて資料を書く時間がない
- トラブルが起きないことが成果なので、経営者から仕事が見えにくい
- 自分でやるほうが早く、人に教える余裕がない
- 資料を書いても評価されにくく、後回しになる
属人化を本人の責任にすると、本人は資料を書くより、自分しか分からない状態を守る方向に動きがちです。経営者が「資料づくりも仕事」と決めて時間を渡すことが、いちばんの近道です。
経営者・上司が今のうちにやること
辞める、病気で休む、事故に遭う。担当者がいなくなる理由はさまざまで、いつ来るかは選べません。次の6つは、担当者がいるうちにしか進められません。
| やること |
具体的には |
目安 |
| 管理者権限を2人以上に |
緊急用の管理者アカウントを作り、資格情報を金庫などに保管する |
今月中 |
| 通知先を共有アドレスに |
ドメイン、証明書、クラウドの更新・請求の通知を、本人ではなく共有のアドレスで受ける |
今月中 |
| 契約と支払いを会社名義に |
本人名義の契約や個人カードでの支払いをなくす |
3か月以内 |
| 台帳を作る |
ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク機器、契約の一覧を作る |
3か月以内 |
| 外の相談先を持つ |
保守契約を結ぶか、困ったときに頼める業者を決めておく |
半年以内 |
| 副担当を決める |
月に1回、定例の作業を担当者と一緒にやる人を決める |
半年以内 |
副担当は、ITに詳しい人でなくて構いません。担当者が休んだ日に「どこを見ればいいか」が分かる人が1人いるだけで、会社が止まる時間は短くなります。
台帳は一から作らなくて構いません。IPAの「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」第4.0版には、資産管理台帳のサンプルが付いています。ハードウェア台帳、ソフトウェア台帳、ネットワーク機器台帳のシートがあり、そのまま使えます。
IPAの説明資料にある、資産管理台帳(サンプル)の「情報資産管理台帳」シートの記入例出典: IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」説明資料(引用)
同じガイドラインには、中小企業がセキュリティ人材を確保・育成するための手引きも付録として入っています。
担当者が自分を守るための引き継ぎ資料
引き継ぎ資料は、会社のためだけのものではありません。資料があれば、安心して休めます。トラブルが起きたときに「何をどこまで任されていたか」も示せます。
まずは完璧を目指さず、次の7つを1枚ずつ作るところから始めます。
| 資料 |
書くこと |
| 全体の地図(構成図) |
回線、ルーター、Wi-Fi、サーバーやNAS、使っているクラウドのつながり |
| アカウントの在りか |
サービス名、管理画面のURL、管理者のID、パスワードの保管場所 |
| 契約の一覧 |
契約先、名義、支払い方法、更新日、通知先、解約の条件 |
| 期限のカレンダー |
ドメイン、証明書、ライセンス、保守、リースの期限 |
| 定例の作業 |
毎月・毎年の作業と手順(バックアップの確認、更新の適用など) |
| 障害時の手順 |
よくある障害の直し方と、連絡する業者の連絡先 |
| 自作のシステム |
どこで動いているか、ソースの場所、使っている部署、止まったときの影響 |
自作のシステムは、全部を書こうとすると終わりません。「止まったら誰が困るか」「どこで動いているか」の2点だけでも書いておきます。後任や外部の業者には、それが大きな手がかりになります。
契約の一覧は、次のような表にしておくと更新漏れに気づけます。
| サービス |
契約先 |
名義 |
支払い |
更新日 |
通知先 |
| 会社のドメイン |
ドメインの登録事業者 |
会社 |
会社のカード |
毎年3月末 |
共有アドレス |
| サーバー証明書 |
証明書の発行会社 |
会社 |
請求書払い |
有効期限の1か月前 |
共有アドレス |
| メールとOffice |
クラウドの販売会社 |
会社 |
請求書払い |
毎年4月 |
共有アドレス |
後任が決まらないまま辞めることになったら
退職の日が決まっているのに後任がいない、という場面もあります。残りが2週間しかなくても、順番を守れば最悪の事態は避けられます。
| 時期 |
やること |
| 1日目 |
管理者権限をもう1人に追加し、通知先を共有アドレスに変える |
| 2〜3日目 |
契約と支払いの一覧を作り、本人名義のものを会社名義に移す手続きを始める |
| 1週目 |
期限のカレンダーと全体の地図を作る |
| 2週目 |
保守を頼む業者に引き継ぎの場に入ってもらい、障害時の手順を一緒に確かめる |
資料が足りない分は、業者に一度説明しておくだけでも違います。担当者が辞めた後に、業者が一から調べる費用と時間を減らせます。
今日からできること
経営者・上司向け
担当者向け
後任として引き継ぐ側になった人は、ひとり情シスが最初の1か月でやることも参考にしてください。
「情シスが消える」は、怖い話で終わらせることもできますし、今日のうちに備えることもできます。最初の一歩は、通知先を共有アドレスに変える10分の作業です。