退職した先輩のマクロが、ある朝から動かない。開いてみると見慣れないコードが何百行も並び、直せる人はもう社内にいない。そんな「野良Excel」「野良RPA」への備えとして、棚卸しの手順、判断表、書き残しのひな形をまとめました。
「作った人しか直せない」は、どの職場でも起きている
SNSでは、この話題が何度も盛り上がっています。2026年2月には、社員が自分で業務アプリを作れるとうたうノーコードツールのCMが話題になりました。「メンテは誰がやるのか」「退職した人のマクロを誰も直せない問題の再来では」という声が集まりました。
2025年12月には、Excelが得意な人が効率化しても評価されずに辞める、という話題が広がりました。残った仕組みは誰も保守できず、手作業に戻るという悪循環です。2025年6月には、設計書を作らず、個人のアカウントで共有フォルダを操作する「野良RPA」への不安も話題になりました。
RPAは、人がパソコンでする操作をソフトに覚えさせ、自動で繰り返す仕組みです。Excelのマクロ(操作を自動化する機能)と同じ問題を抱えます。作るのは簡単でも、直せる人が社内に残らないのです。
なぜ、ある日突然止まるのか
マクロやRPAは、作った人が辞めた日に止まるわけではありません。止まるきっかけの多くは、周りの環境の変化です。そこに「直せる人がいない」が重なり、業務が止まります。
| 止まり方 |
よくある原因 |
まず見るところ |
| パソコンを入れ替えたら、開いた途端にエラー |
Officeが64ビット版になり、古い書き方のコードが通らない |
コードの先頭付近にある「Declare」の行 |
| 「マクロが無効にされました」と出て動かない |
メールの添付やダウンロードで受け取ったファイルとして、マクロがブロックされた |
ファイルのプロパティ、置き場所 |
| 毎朝の自動処理が、ある日から動いていない |
作った人のアカウントが退職で止まった。パスワードの期限が切れた |
RPAやタスクを動かすアカウント |
| 途中で止まり、おかしな結果が残る |
読みに行くフォルダ名や共有先、Webの画面が変わった |
コードやシナリオの中のパスやURL |
| 特定の人のパソコンでしか動かない |
マクロが本人の個人用マクロブックに入っていた |
本人のパソコンのXLSTARTフォルダー |
Officeの64ビット化
Windowsの機能を直接呼び出すマクロは、「Declare」という書き方を使います。Microsoftの説明では、64ビット版のOfficeでは、すべてのDeclareの行に「PtrSafe」という語が必要です。語を足すだけでは足りず、扱うデータの型も64ビットに合わせて直す必要があります。
32ビット版が主流だった時代に作られたマクロは、パソコンの入れ替えでここに引っかかります。新しいパソコンを配る前に、主なマクロが動くかを1台で試しておくと安心です。
ネットから来たファイルのマクロは既定でブロック
マクロは、マルウェア(悪意のあるプログラム)の入口によく使われてきました。そこでMicrosoftは、インターネットから来たファイルのマクロを既定でブロックしています。
メールの添付で受け取ったブックや、Webからダウンロードしたブックが対象です。「前任者はメールで送り合って使っていた」という運用は、ここで止まります。
Microsoftのヘルプに載っている、ネットから来たファイルのマクロを止めたときの警告の帯(英語版)出典: Microsoft サポート「潜在的に危険なマクロがブロックされました」(引用)
VBScriptの廃止予定と、サポートが終わったOffice
Windowsの「VBScript」は、2023年10月に非推奨になりました。Microsoftは2024年5月、3段階で廃止する予定を公表しています。2027年ごろに既定で無効になり、最終的にはWindowsから削除される計画です。
影響を受けるのは、マクロの中で.vbsのファイルを呼び出すものや、VBScriptの正規表現を使うものです。Microsoftは、こうしたVBAは第1段階では影響を受けないものの、その先の段階で影響が出ると案内しています。
Office 2016とOffice 2019は、2025年10月14日にサポートが終わりました。マクロのためだけに古いOfficeを残しているパソコンがあれば、更新の計画に入れてください。
最初にやるのは「直す」ではなく棚卸し
止まってから探すと、どこに何があるかを調べるだけで1日が終わります。動いているうちに、社内にどんな自動化があるかを一覧にします。
見つけ方
- 共有フォルダを、拡張子「.xlsm」「.xlsb」「.xlam」で検索する(マクロ付きのブックとアドイン)
- 退職予定者や異動者のパソコンで、個人用マクロブック「PERSONAL.XLSB」を確かめる。Excelの起動時に自動で開くXLSTARTフォルダーに置かれる
- Windowsのタスクスケジューラに、決まった時刻に動く登録がないかを見る
- RPAツールの管理画面で、スケジュール実行の一覧と、動かすアカウントを書き出す
- 各部署に「毎月、勝手にできあがる資料はありますか」と聞く
最後の質問は意外に効きます。使っている人が、それをマクロだと意識していないことがあるからです。
一覧に書く項目
| 項目 |
書く内容の例 |
| 名前と場所 |
月次売上集計.xlsm(営業の共有フォルダの「集計」) |
| 何をするか |
基幹システムのCSVを読み、部署別の表を作る |
| いつ動くか |
毎月1日に担当者が手で動かす/毎朝7時に自動 |
| 作った人・今の担当 |
作った人は退職。今は経理の担当者がボタンを押している |
| 使うアカウント |
担当者個人のアカウント。パスワードはシナリオに保存 |
| 読み書きする先 |
共有フォルダ、基幹システムの画面、取引先のWebサイト |
| 頼っている部品 |
Declare(PtrSafeの有無)、VBScript、参照設定、アドイン |
| 止まったときの影響 |
月次の締めが2日遅れる。取引先への請求が出せない |
| 手作業での代わり |
手順書の有無。手作業なら何時間かかるか |
| 最後に動いた日 |
2026年9月1日 |
アカウントの欄は、特に丁寧に確かめます。個人のアカウントで動く自動化は、退職の手続きでそのアカウントを止めた日に、一緒に止まります。退職者のアカウントを止める前にこの一覧と照らし合わせる手順を入れておけば、この事故は防げます。
RPAならではの確かめどころ
RPAの多くは、画面のボタンや入力欄を目印に動きます。そのため、相手のシステムやWebサイトの画面が変わると止まることがあります。一覧とは別に、次の4点も確かめておきます。
- 相手のシステムやWebサイトの更新のお知らせを、誰が受け取っているか
- エラーで止まったときの通知が、誰に届くか(退職者のメールに届いていないか)
- 実行の記録(ログ)がどこに残り、何日分あるか
- 動かすパソコンが、夜間に電源を切られたり、更新で再起動されたりしないか
止める・残す・作り直すの判断表
一覧ができたら、1本ずつ行き先を決めます。迷ったら、次の表に当てはめてください。
| 状態 |
判断 |
やること |
| 誰も使っていない。最後に動いたのが1年以上前 |
止める |
原本を保管用のフォルダに移し、3か月たって声が出なければ廃止 |
| 使う人が少なく、手作業でも1時間以内で代われる |
止める(または残す) |
手作業の手順書を作ってから止める |
| 毎月使い、中身を説明できる人が社内にいる |
残す |
書き残しを付け、担当と予備の担当を決める |
| 毎月使うが、中身を誰も説明できない |
作り直しの候補 |
まず入力と出力を記録し、同じ結果を出す方法を探す |
| 止まると請求、給与、取引先に響く |
作り直す(優先) |
正式なシステムか、管理された自動化の仕組みに移す |
| 個人のアカウントで動き、パスワードを中に保存している |
すぐに手を入れる |
業務用のアカウントに切り替え、パスワードの置き方を見直す |
| VBScriptや古いDeclareに頼っている |
期限を決めて直す |
次のパソコン入れ替えまでに直すか作り直す |
「作り直す」は、すべてを新しいシステムにすることではありません。同じ結果を出す一番簡単な方法を選びます。Excelの関数や、Power Query(Excelでデータを取り込んで整える機能)で足りることもあります。
動かなくなったとき、応急で確かめる順番
業務が止まっていて、今日中に何とかしたいときの順番です。直す前に、必ずファイルのコピーを取ってから作業します。
- いつから、どのパソコンで止まったかを聞く。パソコンやOfficeを入れ替えた時期と重なっていないかを見る
- 「マクロが無効にされました」なら、どこから来たファイルかを確かめる。出どころが確かなときだけブロックを解除する
- エラーの画面で「デバッグ」を押し、黄色く止まった行を記録する
- その行に、フォルダの場所やURL、人の名前が書かれていないかを見る
- Declareの行でエラーになっていれば、64ビット版のOfficeが原因の可能性が高い
- 自分では直せないと分かったら、手作業に切り替えて、作り直しの予定を立てる
ブロックの解除は、ファイルのプロパティの「全般」タブにある「ブロック解除」でできます。Microsoftの説明では、これでそのファイルのマクロが既定で動くようになります。メールで回ってきた、出どころの分からないファイルには使わないでください。
Microsoftのヘルプに載っている、ファイルのプロパティの「ブロックを解除」の欄出典: Microsoft サポート「潜在的に危険なマクロがブロックされました」(引用)
作る人に頼む「最低限の書き残し」のひな形
マクロやRPAを作ること自体を禁止すると、現場の改善が止まります。代わりに「作ったら1枚書く」をルールにします。
分厚い設計書はいりません。次のひな形を、ブックの最初のシートや、RPAのシナリオの説明欄に貼ってもらいます。
このひな形は、作った人の工夫を評価する仕組みとセットにすると定着します。効率化した人が報われずに辞めてしまえば、残るのは誰も読めないマクロだけです。
今日からできること
野良マクロは、誰かが業務を楽にしようとした跡でもあります。責めるより、見える場所に出して引き継げる形に整えることが、次の「動かない」を防ぎます。