パスワードを書いた付箋は、情シスの「あるある」の定番です。注意のメールを出し、研修で話し、ポスターも貼った。それでも、しばらくするとモニターのふちに戻ってきます。しかも、いちばん目立つ場所に貼られているのは、ルールを決めた側の人の机だったりします。
この記事では、パスワードの付箋が見つかる場面を、公開されている体験談や投稿から整理し、なくならない理由と、減らすための仕組み、役員への頼み方をまとめました。
パスワードの付箋、どこで見つかる?
公開されている体験談や投稿を読んで整理すると(公開されている体験談と投稿4件、編集部)、パスワードが書かれて見つかるのは、次のような場面です。
- 役員から預かったノートPCの、キーボードと画面の間
- 訪問先のオフィスの、モニターの下
- モニターのまわり(冗談のハンコまで作られるほどの定番)
- 紙ですらなく、口頭で社外の「詳しい人」へ
付箋は、パスワードの置き場所がほかにない、という合図でもあります。順に見ていきます。
あるある1: 役員のノートPCを開いたら、付箋があった
ある日、役員からノートPCを渡された。
「アップデートしといて」――言われるがままに電源を入れようと開いた、その瞬間。
私は目を疑った。
キーボードとディスプレイの間に、堂々と置かれた一枚の付箋。
「パスワード:******」
出典: note「あなたのPCにも?「付箋セキュリティ」の正体とリスク」ヨルミ(2025年8月26日)
筆者は社内SE歴20年を超える方です。このあと「セキュリティ意識どこ行った!?」とつっこみつつ、社員には「パスワードは絶対にメモするな」と通達していた会社での話だと書いています。
それでも筆者は、書いた人を責めてはいません。人の短期記憶は「7±2」が限界と言われること、脳は安全よりも「すぐ思い出せる」便利さを優先すること、禁止されるほどやりたくなる「リアクタンス」という心理を挙げ、付箋は怠慢ではないと見ています。メール、社内システム、クラウドのサービスと、数十のアカウントを持つ時代です。全部覚えてと言われても、困るのは当然です。
こうするとうまくいく: 付箋を見つけても、その場で外して注意するのは控えます。その人は、明日の朝もログインに困るからです。外すのは、代わりの置き場所を渡す日にします。本人に中身をパスワード管理ツールへ移してもらい、そのあとで付箋を外します。人の目に触れていたパスワードは、移したあとに変えてもらいます。
あるある2: 上の人の付箋は「裏の社内標準」になる
上に立つ人が付箋を使えば、それは一瞬で「裏の社内標準」になる。
「だって役員がやってるんだから、まあいいか」――。
人はルールではなく、リーダーの行動を見て学ぶ。
出典: note「あなたのPCにも?「付箋セキュリティ」の正体とリスク」ヨルミ(2025年8月26日)
社内のルールは、文章で読むより、上の人の机を見たほうがよく伝わります。家で「食事中はスマホを見ない」と決めても、親がスマホを見ながらご飯を食べていたら、子どもはなかなか守りません。職場も同じです。
こうするとうまくいく: パスワード管理ツールや多要素認証を入れるときは、役員と部長から先に設定します。役員の予定は秘書が押さえていることが多いので、秘書と一緒に短い設定の時間を取ると進みやすくなります(役員・秘書との進め方は役員・秘書と情シスの連携にまとめています)。役員が使い始めたことを社内に伝えると、「裏の社内標準」が表の標準に入れ替わります。
あるある3: 付箋をやめてもらったら、今度は使い回し
先日訪問先のオフィスでモニターの下にふせんでパスワードが貼ってあるのを見かけました。
気持ちはとてもよく分かります。
パスワードは覚えられません。
出典: note「パスワードのふせん、実は一番危ないパターンかもしれません」合同会社セクーラ(2026年9月12日)
同じ記事は、覚えられない人が選ぶのは、付箋やノートに書き出すか、全部のサービスで同じパスワードを使い回すかのどちらかだと続けます。そして、その組み合わせが「一番危険」だと書いています。使い回していると、1つのサービスから漏れたパスワードで、ほかのサービスにも入られるおそれがあります。付箋のほうは、関係者や来客に見られるおそれがあります。
IPAの案内では、使い回しをしていない人は、パソコンの利用者で58.1%、スマートフォンの利用者で46.6%という調査が紹介されています。付箋を禁止しただけだと、書けなくなった人の一部は、覚えやすい同じパスワードに流れていきます。
こうするとうまくいく: 禁止のお知らせには、代わりの方法を必ず添えます。「付箋はやめてください」で終わらせず、「パスワードはこのツールに入れてください。最初の設定の手順はこちらです」と書きます。あわせて、メールや会計など大事なシステムから多要素認証を有効にしておくと、付箋を誰かに見られても、パスワードだけではログインできません。
あるある4: 「ログイン情報のハンコ」まで発明される
Togetterのまとめでは、「サービス名」「ユーザーID」「パスワード」と彫られたハンコを“発明”したという冗談の投稿が紹介されています。付箋に押せば、きれいにメモしてモニターのまわりに貼っておける、という皮肉です。
このハンコについてTwitterユーザーからは「これはわかりやすい!」「すぐにログインできて便利ですね」とこれまた皮肉のこもったコメントが集まりました。もちろん「セキュリティ意識ガバガバ」「システム担当が全力で燃やしに来る」「監査に指摘されてしまう」と現実的な指摘の声も。
出典: note「パスワードを付箋に書かないで!「本当にあった恐いセキュリティの話」がTwitterで何度も話題になる理由」Togetter(2022年11月14日)
「システム担当が全力で燃やしに来る」は、情シスとしては笑ってしまう一言です。冗談として通じるのは、パスワードの付箋が、それだけ多くの職場で見覚えのある光景だからでしょう。同じまとめには、画面を開いたまま席を離れたノートPCの写真に「なぜ情シス(情報システム担当者)が社員を信じることができなくなるか教えてあげよう」と添えた投稿も紹介されています。
こうするとうまくいく: 燃やしに行く代わりに、見回りを「数える」仕事にします。月に一度、モニターのまわりの付箋の数だけを数えて記録します。中身は読まず、写真も撮りません。数が減っていくのが見えれば、ツールを入れた効果を役員に説明する材料にもなります。
あるある5: 付箋の外へ出ていくパスワード
「知り合いの○○さんがインターネットとか詳しいらしいから、一度弊社も見てもらったほうがいいと思うんだ。相談したら、管理者IDとパスワードが必要って言われたから、教えてあげて」
っていう話でした。
アカンに決まっとるやろ!!!
出典: note「情シスあるある小話後編」明佳(2025年4月3日)
筆者によると、1980年代後半の話です。社内のネットワークを全部まとめて「インターネット」と呼ぶ人も多かった時代でした。今なら、取引先や外部の業者にログインの情報を伝えてほしい、という形で届くことがあります。頼む人に悪気はなく、むしろ相手のためを思っての一言です。
こうするとうまくいく: 社外の人に入ってもらう必要があるときは、パスワードを教えるのではなく、その人用のアカウントを期限つきで作る、と決めておきます。決まりが1行あれば、頼まれた社員も「情シスに頼んで、専用のIDを作ってもらいます」と答えられます。
付箋が戻ってくる理由と、先に用意するもの(編集部の整理)
| 付箋が戻ってくる理由 |
起きること |
先に用意するもの |
| 覚えきれない数のパスワード |
付箋、使い回し |
パスワード管理ツール、シングルサインオン |
| 毎日のログインが多い |
画面のそばに貼る |
顔や指紋でのサインイン、ログインの回数を減らす設定 |
| 上の人が付箋を使っている |
「裏の社内標準」になる |
役員から先に導入する |
| 禁止のお知らせだけが出る |
隠れて書く、使い回す |
代わりの方法と手順を同じ日に出す |
| 社外の人に入ってもらいたい |
口頭やメールで教える |
期限つきの専用アカウント |
社内のパスワードのルールそのものはパスワードの定期変更は不要?付箋はダメ?いまどきの社内パスワードルールで、ツールの選び方は法人向けパスワード管理ツール比較でまとめています。
役員への頼み方(言い換えの例)
| 言いがちな言い方 |
こう言い換える |
| 付箋はルール違反です |
パスワードを入れておける仕組みを用意しました。最初に使っていただけますか |
| パスワードは覚えてください |
覚えるのは1つだけで済むようにします |
| 見えるところに貼らないでください |
来客の目に入る場所なので、今日ここだけ移させてください。移す先はこちらです |
| 外部の人にパスワードを教えないでください |
外部の方には専用のIDを作ります。名前と期限を教えてください |
今日からできること
- 社内を一回りして、モニターのまわりの付箋の数だけを数える。中身は読まず、写真も撮らない
- パスワード管理ツールの候補を決め、役員と秘書から先に使ってもらう日を取る
- メールや会計など、大事なシステムから多要素認証を有効にする
- 「付箋禁止」のお知らせを出し直すときは、代わりの方法と手順を同じ文に入れる
- 社外の人にログインしてもらうときは、期限つきの専用アカウントを作る、と1行で決める
付箋は、書いた人がログインに困っているという合図でもあります。外す前に、困らない方法を渡す。その順番を守るだけで、付箋は少しずつ戻ってこなくなります。
(この記事は、公開されている体験談と投稿4件と、IPAの公開の案内をもとに、編集部が整理しました。)