複合機やプリンターをつくる国内の上場8社のうち、有価証券報告書の「事業等のリスク」に製品の脆弱性に対応する体制まで書いていたのは、キヤノン、リコー、コニカミノルタ、ブラザー工業の4社でした。残る4社のリスクの欄は、社内のシステムを狙う攻撃と、情報の扱いが中心です。
ただ、書いていないから製品が危ない、とは読めません。有報のリスクの欄は経営の目線で何を重く見ているかを示す場所で、製品ごとの対応を並べる場所ではないからです。
それでも、複合機は社内のネットワークにつながり、スキャンした書類やアドレス帳を抱えたまま何年も動く機器。どのメーカーが製品のセキュリティを経営のリスクとして扱っているかは、更新やリースの前に知っておいて損はありません。キヤノンの2025年12月期と、ほかの7社の2026年3月期の有報を、3枚の図で読んでいきます。
8社の大きさは約5倍の開き
複合機とプリンターの国内メーカー8社の売上・営業利益・研究開発費・従業員作成: 編集部 / 出典: 各社の有価証券報告書(EDINET)
いちばん大きいキヤノンの売上は、いちばん小さいブラザー工業の約5.2倍あります。もっとも、8社とも複合機やプリンターだけの会社ではありません。キヤノンには医療機器や半導体の露光装置が、富士フイルムホールディングス(HD)には医療や半導体の材料が、京セラには電子部品があります。会社の売上の大きさと、複合機の事業の大きさは別物です。
| 会社 |
決算期 |
会計基準 |
売上 |
営業利益 |
研究開発費 |
従業員(連結) |
| キヤノン |
2025年12月期 |
米国基準 |
46,247億円 |
4,554億円 |
3,392億円 |
165,547人 |
| 富士フイルムHD |
2026年3月期 |
米国基準 |
33,569億円 |
3,502億円 |
1,577億円 |
73,526人 |
| リコー |
2026年3月期 |
IFRS |
26,083億円 |
907億円 |
774億円 |
75,635人 |
| 京セラ |
2026年3月期 |
IFRS |
20,702億円 |
1,181億円 |
1,157億円 |
73,856人 |
| シャープ |
2026年3月期 |
日本基準 |
18,928億円 |
485億円 |
691億円 |
34,549人 |
| セイコーエプソン |
2026年3月期 |
IFRS |
14,132億円 |
495億円 |
468億円 |
74,619人 |
| コニカミノルタ |
2026年3月期 |
IFRS |
10,877億円 |
498億円 |
547億円 |
34,363人 |
| ブラザー工業 |
2026年3月期 |
IFRS |
8,934億円 |
778億円 |
508億円 |
39,495人 |
億円未満は切り捨てています。米国基準のキヤノンと富士フイルムHDは、有報の主要な経営指標に営業利益の欄がありません。そこで2社は、経営成績の分析の欄に書かれた営業利益を使いました。
8社とも、営業利益は黒字です。ただし前の期に大きな損失を出した会社もあります。コニカミノルタは、前の期の640億円の営業損失から498億円の黒字に戻りました。1期分の数字だけで会社の勢いを言い切るのは、まだ早いでしょう。
印刷に頼る度合いは会社で違う
印刷の機器を含む事業のセグメントが、連結の売上に占める割合作成: 編集部 / 出典: 各社の有価証券報告書(EDINET)
複合機やプリンターを含む事業が連結の売上に占める割合は、大きく分かれました。
| 会社 |
印刷の機器を含むセグメント |
外部の顧客への売上 |
連結の売上に占める割合 |
| リコー |
デジタルサービス |
19,885億円 |
76.2% |
| セイコーエプソン |
プリンティングソリューションズ |
10,294億円 |
72.8% |
| ブラザー工業 |
プリンティング・アンド・ソリューションズ |
5,705億円 |
63.9% |
| コニカミノルタ |
デジタルワークプレイス |
6,105億円 |
56.1% |
| キヤノン |
プリンティングビジネスユニット |
24,879億円 |
53.8% |
| シャープ |
スマートワークプレイス |
8,322億円 |
44.0% |
| 富士フイルムHD |
ビジネスイノベーション |
11,748億円 |
35.0% |
| 京セラ |
ドキュメントソリューション |
4,784億円 |
23.1% |
割合は編集部の計算です。京セラは「ソリューション」のセグメントの中の内訳なので、有報の表の値(セグメント間の取引を含む)を使いました。
この表を横に並べて比べるには、注意が要ります。リコーのデジタルサービスは、複合機やプリンターの販売のほかに、パソコンやサーバーの販売、ITサービスなどのオフィスサービスも含む区分。シャープのスマートワークプレイスにも、PCと通信の事業が入っています。「印刷の売上」そのものではなく、印刷の機器を含む事業の重さと読むのが近いでしょう。
2社は、印刷の需要の先行きも有報に書いています。富士フイルムHDはビジネスイノベーションの主なリスクとして、「オフィスでのプリントボリュームの長期的な減少傾向」を挙げました。リコーも「プリンティング需要は減少傾向」としています。そのリコーと東芝テックの合弁会社エトリアには、2025年10月に沖電気工業が加わり、3社の合弁になりました。エトリアでは、共通のエンジンの開発や生産の見直しを進めているといいます。
印刷が減るなかで、メーカーどうしが開発や生産を持ち寄る動きは続くとみています。使う側から見れば、ブランドが違っても中身の近い機器が増えていくのでしょう。
製品の脆弱性を書いた4社、書かなかった4社
8社の有報の「事業等のリスク」が書く情報セキュリティの範囲作成: 編集部 / 出典: 各社の有価証券報告書(EDINET)
社内のシステムを狙うサイバー攻撃は、8社ともリスクとして挙げていました。分かれたのは、自社の製品やサービスの脆弱性に触れているかどうかです。
キヤノンは「情報・製品セキュリティに関連するリスク」という項目を立て、影響度を「中」、発生可能性を「高」と評価しています。社内のCSIRTに加え、製品のセキュリティの問題に対応するPSIRTを置いたとも書いています。8社で唯一、サイバーセキュリティの体制を説明する専用の欄もありました。そこには、情報セキュリティの意思決定の責任者と、国家資格の情報処理安全確保支援士を置いていることまで書かれています。
コニカミノルタは「KONICA MINOLTA PSIRT」の名前を挙げ、製品の脆弱性の情報を全社で一元管理し、公的機関とも連携するとしました。リコーは、製品やサービスの対策が不十分だと「ソフトウェアやシステムの脆弱性を起因とした不正アクセスや情報漏洩」が起きる恐れがあると書き、発売済みの製品も続けて脆弱性を確認するとしています。ブラザー工業の見方はこうです。「IoT製品をターゲットとしたサイバー攻撃の脅威が増大」しているとして、脆弱性が見つかったときの報告の経路と対応の体制を、社内規程で定めました。
セイコーエプソンは、取り組みの方針の中で「製品セキュリティーの強化」に一言触れています。富士フイルムHD、京セラ、シャープのリスクの欄は、社内の情報システムと情報の扱いが中心でした。
目を引いたのは、シャープの書き方です。取引先から求められるセキュリティの要件や、第三者の評価と認証に適合できなければ、「取引機会の喪失」につながるとしています。発注する側の求めが、メーカーにとって経営のリスクになっているのです。セキュリティチェックシートを送る側の情シスとして、覚えておきたい一文でしょう。
念のため書いておくと、リスクの欄に無いことは、その会社が製品の脆弱性に対応していないという意味ではありません。製品ごとの脆弱性と修正版の情報は、各社のサポートのページや、JPCERT/CCとIPAが運営するJVNで公表されます。
複合機の更新とリースの前に確認すること
- 社内の複合機とプリンターを、メーカー、型番、ファームウェアの版、置き場所、つないでいるネットワークの区分で一覧にします。リースや保守の契約先も同じ表に並べると、次の作業が早くなります。
- 保守やリースの契約書を開き、ファームウェアの更新を誰がいつするのかを見ます。脆弱性が公表されたあとの更新の時期の取り決めがあるかも見ておくと、公表のあとで慌てずに済みます。
- JVNでメーカーの名前を検索し、自社の機種が載った公表が過去にあるかを調べます。修正版を当てた記録が社内に残っているかも、あわせて見ておきたいところです。
- 次の更新でメーカーを選び直すなら、候補の会社の有報の「事業等のリスク」を開き、製品のセキュリティをどう書いているかを読みます。数字は1期分ではなく、セグメントの売上と利益を2〜3期分並べると、事業の続け方が見えてきます。
紙の量が減っても、複合機は社内のネットワークの中に残ります。メーカー選びは、紙の機械選びというより、ネットワークにつなぐ機器選びになってきました。