2026年の年明け、「SaaSの死」という言葉が米国の市場で広がりました。AIが人の代わりに仕事をこなせば、人数分の契約で稼ぐSaaSは要らなくなる、という見方です。実際にソフトウェア株は大きく売られ、日本のSaaS株にも波及しました。この記事では、その後の決算と株価を一次情報で確かめ、使う側の情シスが何を見ればよいかを整理します。
2026年2月に何が起きたのか
きっかけとして多く挙げられたのが、AI企業Anthropicの発表です。同社は1月30日、AIが業務をこなす「Cowork」の拡張機能(プラグイン)を発表しました。営業、法務、財務など、職種ごとの仕事をAIに任せやすくするものです。
Anthropicが発表で示したCoworkのプラグインの画面(営業向けのコマンドの一覧)出典: Anthropic「Customize Cowork with plugins」(引用)
| 日付 |
出来事 |
| 1月30日 |
AnthropicがCoworkのプラグインを発表。営業、法務、財務分析など11種を公開 |
| 2月3日 |
米国でソフトウェア株の売りが広がる。マイクロソフト、オラクル、アドビ、セールスフォースなどが下落 |
| 2月4日 |
ブルームバーグが「SaaSpocalypse(SaaSの終末)」の背景を解説。東京市場ではSansan、ラクス、マネーフォワード、freeeなどが下落 |
| 2月5日 |
ソフトウェア株のETFであるIGVの終値は79.67ドル。2025年末の105.69ドルから約25%安 |
| 4月10日 |
IGVの終値は74.67ドルまで下落。2025年末から約29%安 |
出典はAnthropic、ブルームバーグ、株探、iShares、Yahoo Financeです。株探は2月4日、「AIの進化が既存の業務ソフト市場を脅かすとの警戒感が急速に広がっている」と伝えました。
なぜ「SaaSの死」と言われたのか
多くのSaaSは、使う人の数で料金が決まる「席数課金」です。社員100人が使えば100人分の料金を払います。AIが営業資料づくりや契約書の確認を代わりにこなせば、人の席は減るかもしれません。投資家が心配したのは、この売上の土台が崩れることでした。
一方で、SaaSには顧客のデータや業務の流れが入っています。AIがその仕事をするにも、どこかのデータと仕組みを使う必要があります。SaaS企業は、AIの入口や作業場になれば成長が続くと主張しています。どちらの見方が正しいかは、決算の数字で確かめるしかありません。
決算で見る3社の現状
株価が売られたあと、主要3社はどんな決算を出したのでしょうか。
| 会社 |
発表日 |
売上の伸び |
AI関連の数字 |
| ServiceNow |
2026年7月22日 |
サブスクリプション売上38.77億ドル、前年同期比24.5%増 |
AIエージェントの導入が9か月で9倍 |
| Salesforce |
2026年8月26日 |
売上113億ドル、11%増。通期予想を引き上げ |
AgentforceとData 360の年間経常収益(ARR)が約39億ドル、210%超の増加 |
| Adobe |
2026年9月10日 |
売上67.6億ドル、13%増。通期目標を引き上げ |
AIを中心にした製品のARRが150%超の増加 |
どの会社も売上は2桁で伸び、AI関連の数字も大きく増えています。ServiceNowは、年間契約額が500万ドルを超える顧客が658社と、前年同期より約23%増えました。Salesforceは、今後12か月で売上になる契約の残高(cRPO)が335億ドルで、14%増えています。席数が減るという心配とは逆に、大口の契約は積み上がっています。Adobeは、12月1日付で社長兼CEOが交代すると発表しています(9月2日に取締役会で決定)。
Salesforceの決算説明資料。売上113億ドル、cRPO 335億ドルなどが並ぶ出典: Salesforce「Q2 FY27 Quarterly Investor Deck」(引用)
それでも株価は、2025年末の水準を下回ったままの会社が多いのが実情です。
| 会社 |
2025年末の終値 |
2026年10月2日の終値 |
増減 |
| Salesforce |
264.91ドル |
234.69ドル |
約11%安 |
| ServiceNow |
153.19ドル |
134.38ドル |
約12%安 |
| Adobe |
349.99ドル |
237.69ドル |
約32%安 |
出典はNasdaqの終値です。業績が伸びても、将来の伸びに対する疑いが株価に残っている状態です。
8月末の反発と国内SaaS株
流れが変わったのは8月末です。Salesforceが8月26日に決算を出すと、翌27日に株価は22%上がりました。CNBCは、上場以来2番目に大きい上昇だと伝えています。IGVもこの日に約8%上がりました。
日本でも翌8月28日、国内のSaaS関連株が買われました。日本経済新聞は、米ソフトウェア企業の好決算と株高を受けた動きだと伝えています。IGVの年初来の騰落率は、分配金を含む基準価額ベースで2.33%のプラスに戻りました(iShares、10月1日時点)。
国内SaaS企業の決算も見ておきます。Sansanは7月13日に2026年5月期の決算を出しました。会社全体のARRは499億8,200万円で、前年同期比20.2%増です。主力の「Sansan」の解約率(直近12か月の月平均)は0.55%で、1%未満を保っています。株価が大きく揺れた年でも、契約の数字は崩れていない会社があります。
ただし未上場のSaaS企業には、まだ影響が残っています。ブルームバーグは7月8日、人事労務のSmartHRが年内を目指していた東証への上場を延期すると報じました。見出しでは、上場時の時価総額をめぐって投資家と目線が合わなかったとしています。
値付けは「席数」から「席数+従量」へ
使う側にとって大きいのは、株価より料金の仕組みの変化です。各社は、席数に加えて使った量でも課金する方向に動いています。
| 会社 |
動き |
出典 |
| マイクロソフト |
「席数」から「席数と従量の組み合わせ」へ広げると説明。7月にCopilotの「Cowork」で使った分の課金を追加 |
2026年7月29日の決算説明 |
| マイクロソフト |
GitHub Copilotでも使った量に応じた課金を導入 |
同上 |
| Salesforce |
Agentforceは従量(Flex Credits、10万クレジット500ドル、日本円は6万円)と、会話単位、ユーザー単位から選べる |
料金ページ(2026年10月3日時点) |
| Salesforce |
AIが行った作業の量を「Agentic Work Units」という単位で公表。AgentforceとSlackで累計70億単位 |
2026年8月26日の決算 |
100人の会社で比べると(仮の例)
料金の仕組みが変わると、請求額はどう動くのでしょうか。説明のための仮の数字で比べます。
| 項目 |
席数課金だけ |
席数と従量の組み合わせ |
| 基本料金 |
100人×月3,000円=30万円 |
100人×月2,500円=25万円 |
| AI機能 |
料金に含まれる(上限あり) |
使った分だけ。少なければ月5万円、多ければ月20万円 |
| 月の合計 |
30万円で一定 |
30万〜45万円で変動 |
この例では、AIをあまり使わない月は同じ金額です。よく使う月は1.5倍になります。席数を減らせても、従量分が増えれば合計は下がらないことがあります。
席数課金は、人数が決まれば請求額が読めます。従量課金は、使った分だけ払う公平さがある一方で、月によって請求額が変わります。情シスにとっては、予算の立て方と管理の仕方が変わる話です。
情シスが見るべき4つのこと
SaaSの株価が上がっても下がっても、使う側が確かめることは同じです。
| 見ること |
確かめる中身 |
どこで分かるか |
| 課金単位の変化 |
席数、従量、両方の組み合わせのどれか。更新時に変わる予定はあるか |
料金ページ、契約書、営業担当 |
| 上限と通知 |
月の上限額を決められるか。使いすぎを知らせる通知があるか |
管理画面、契約条件 |
| 契約先の続き方 |
売上の伸び、解約率、資金繰りに問題がないか |
決算短信、決算説明資料 |
| データの持ち出し |
解約時にどの形式で、いつまでにデータを返してもらえるか |
利用規約、契約書 |
とくに従量課金では、部署別や利用者別の使用量を管理画面で出せるかどうかが分かれ目です。出せないと、請求額が増えたときに社内で理由を説明できません。契約の前に、使用量の画面とCSVの出力を試させてもらうと安心です。
見方は分かれる 楽観と慎重の両方を並べる
| 楽観的な見方の根拠 |
慎重な見方の根拠 |
| 主要3社の売上は2桁で伸び、SalesforceとAdobeは通期の予想を引き上げた |
3社の株価は2025年末を約11〜32%下回る(2026年10月2日時点) |
| AI関連の年間経常収益が急増している |
席数が減れば、従量課金で補えるかはまだ分からない |
| IGVは年初来でプラスに戻った |
AI企業が業務アプリを直接つくれば、競争の相手が増える |
| 顧客のデータと業務の流れを持つ強みがある |
未上場のSaaS企業では、上場の延期など資金面の影響が出ている |
どちらの見方も、四半期ごとの決算で答え合わせが進みます。次の決算では、AI関連の収益の伸びと、席数や契約件数の動きを並べて見ると判断しやすくなります。
今日からできること
- 主要なSaaS契約を一覧にし、課金単位(席数・従量・両方)と更新月を書き込む
- 従量課金のAI機能について、上限額と通知を設定できるか管理画面で確かめる
- 次の更新で料金の仕組みが変わる予定がないか、営業担当に書面で確認する
- 解約時のデータ返却の形式と期限を、利用規約で確かめておく
「SaaSの死」は、株価の上では一度起き、半分ほど戻りました。使う側では、料金の仕組みが静かに変わり始めています。株価の見出しに振り回されず、契約書と請求書、そして取引先の決算という手元の資料で判断するのが確実です。この記事は売買を勧めるものではありません。投資の判断はご自身で行ってください。