「テレビにつなぐだけで海外の映画やスポーツが無料で見放題」とうたう格安の小さな端末が、実は犯罪者の通信の「中継所」になっていることがあります。警察庁によると、2024年のネットバンキングの不正送金では、こうした家庭の機器が約44%の事件で使われていました。仕組みと、家庭や小さな事務所で今日できる確認をまとめます。
レジデンシャルプロキシとは何か
「プロキシ」は、通信を代わりに中継する仕組みのことです。「レジデンシャル」は住宅用という意味です。つまりレジデンシャルプロキシとは、一般の家庭のネット回線につながった機器が、知らない第三者の通信を中継してしまう状態を指します。
たとえば海外にいる犯罪者が、あなたの家のテレビ端末を経由して銀行のサイトにログインしたとします。銀行の記録には、犯罪者ではなく、あなたの家の回線の住所(IPアドレス)が残ります。銀行から見ると、国内の普通の家庭からのアクセスに見えるため、怪しい通信を見分けにくくなります。
警察庁の「サイバー警察局便り」の図。家庭の端末が踏み台にされる流れとチェック項目 出典: 警察庁「サイバー警察局便り 2026 Vol.9」 (引用)
会社にとっても他人事ではありません。資料によると、海外からのアクセスを制限しているサーバーにも、国内の家庭を経由すれば入れてしまいます。自社のWebサービスやネットバンキングで「海外からのログインを止めている」だけでは、この手口は防げないということです。
警察庁・総務省・NICT(情報通信研究機構)の資料によると、2026年1月以降、1日平均で最大約2万7,000のIPアドレスが中継の出口として観測されています。国内に少なくとも数万台以上あると推定されています。
中継に使われた家の人は、自分では何もしていなくても、通信の記録上は発信元に見えます。警察庁は、利用者自身がサイバー攻撃を行った者と疑われる危険性があると説明しています。家庭内のほかの機器に侵入される入り口になるおそれもあります。
不正送金にどれだけ使われているのか
警察庁の分析では、2024年(令和6年)のネットバンキングの不正送金で、レジデンシャルプロキシが使われた事件が次の規模にのぼりました。
項目
全体
レジデンシャルプロキシを使ったもの
割合
被害件数
4,369件
少なくとも1,918件
約44%
被害額
約86.9億円
少なくとも約28.9億円
約33%
不正送金だけではありません。警察は、不正アクセスや詐欺の事件でも、犯人の追跡や攻撃の検知を難しくする手口として使われていると把握しています。
警察庁が2025年度中に報告を受けた事例では、機器が中継所になった原因の内訳も分かっています。
原因
割合
中身
機器に最初から仕込まれた不正プログラム
52%
うち約9割が動画ストリーミング端末。ほかにデジタルフォトフレームなど
アプリなどを入れたことによるもの
32%
うち収益アプリが39%、VPNアプリが8%。ほかに音楽アプリ、壁紙設定アプリなど
不明
16%
機器の入手先は、オンラインショップ、海外での購入、知人からの譲り受けなどでした。
実際にあった事例
警察庁は、2025年に認知した証券口座への不正アクセス事件の捜査例を公表しています。不正アクセス元のIPアドレスから回線の契約者を特定して自宅を訪ねたところ、契約者は関与を否定しました。
調べると、小型の動画ストリーミング端末に入れた音楽視聴アプリにプロキシ機能が組み込まれており、それが中継所として動いていたと判明しました。警察の要請を受け、アプリ配信ストアでの配信は停止されています。
警察庁・総務省・NICTの対策アライアンス
警察庁と総務省は2026年7月21日、NICTなどと連携して「レジデンシャルプロキシ対策アライアンス」を設立すると発表しました。機器の利用者は、自分の機器が悪用されていると気づいていない場合が多くあります。そこで業界団体や通信会社、セキュリティ事業者が連携し、社会全体で抑止するのが目的です。
立場
主なメンバー
座長・副座長
東京都立大学 星周一郎教授、横浜国立大学 吉岡克成教授
政府機関など
警察庁、総務省、NICT
業界団体
ICT-ISAC、日本サイバー犯罪対策センター(JC3)
通信会社
NTTドコモ ビジネス、KDDI、JCOM、ソフトバンク
セキュリティ製品・サービス
日本サイバーセキュリティ産業振興コミュニティ
9月7日の第1回会合では、利用者が知らないまま踏み台にされている状態を解消するため、利用者への個別の警告が必要だという意見が出ました。悪用される可能性のある製品名やアプリの情報を、事実確認をしたうえで国民に知らせることをアライアンスとして検討すべきだ、という意見も出ています。
警察はすでに、通販サイトやアプリ配信の事業者への情報提供と供給停止の依頼、通信会社と連携した不正な通信の遮断などに取り組んでいます。
原因になる機器とアプリの見分け方
警察庁などの資料が挙げる「危ない機器・アプリ」は、次のようなものです。
「テレビに接続して無料で国内外の動画を視聴できます」とうたう動画ストリーミング端末
本来有料のサービスを無料で使えるとうたう製品、相場より安いなど不審な製品
「使用していない通信帯域(データ通信量)を共有することで収益を得られる」とうたう、いわゆる収益アプリ
提供元が分からないソフトやアプリ、無料VPN
海外でも同じ問題が起きています。米国のFBIは2025年6月、「BADBOX 2.0」と呼ばれる不正なネットワークについて注意を呼びかけました。
数百万台の機器が感染しており、多くは中国製だといいます。購入前から不正なプログラムが入っているか、設定の途中で非公式のストアからアプリを入れさせて感染させる手口です。
FBIが挙げた怪しい機器の特徴は次のとおりです。
「制限解除」や「無料で見られる」とうたう、ノーブランドのテレビ用端末
聞いたことのないブランドの機器
Googleの「Play プロテクト」を無効にするよう求められる
「Play プロテクト認定」を受けていないAndroid端末
説明のつかない通信がある
Android端末がPlay プロテクト認定済みかどうかは、Google Play ストアで確かめられます。Googleは、右上のプロフィールアイコンから「デバイス情報」を開く手順を案内しています。認定されていない端末には、Androidのシステムアップデートやアプリのアップデートが配信されない可能性があります。
家庭と小さな事務所でできる確認
警察庁は「サイバー警察局便り」で、次の4項目のチェックリストを示しています。1つでも当てはまれば、見直しが必要です。
ここでいうIoT機器とは、インターネットにつながる機器のことです。テレビ用の端末のほか、ルーター、見守りカメラ、デジタルフォトフレーム、スマートスピーカーなども含まれます。
当てはまった場合の手順は次のとおりです。
テレビやモニターにつないでいる小さな端末を、家中で全部数える(家族が買ったものも含める)
「無料で見放題」とうたう端末や、ブランドの分からない端末は、電源を抜いてネットから外す
スマホ やパソコンに入れた収益アプリ、提供元の分からないアプリ、無料VPNを削除する
ルーター、ネットワークカメラ、デジタルフォトフレームの更新(ファームウェア)を最新にする
メーカーのサポートが終わった機器は、買い替えを考える
機器の種類ごとに見るところ
機器
見るところ
怪しいときの対応
テレビ用の動画端末
「無料で見放題」の宣伝、ブランド、Play プロテクト認定の有無
電源を抜いてネットから外す。正規の配信サービスに対応したテレビや端末に替える
デジタルフォトフレーム
メーカーが分かるか、更新の仕組みがあるか
メーカー不明ならネットにつながない使い方に切り替える
ルーター、見守りカメラ
更新が最新か、メーカーのサポートが続いているか
更新する。サポート終了 なら買い替える
スマホ、パソコン
収益アプリ、無料VPN、提供元の分からないアプリ
削除して、信頼できる提供元のものだけにする
FBIは、家庭のネットワークの通信に気を配り、つながっている機器をすべて点検するよう勧めています。ルーターの管理画面にある「接続機器の一覧」で見覚えのない機器がないか、誰も使っていない深夜に通信量が増えていないかを見るのも手がかりになります。
動画を見たいなら、テレビ本体に入っている配信アプリや、大手メーカーの端末で正規の配信サービスを使うのが近道です。月額料金はかかっても、提供元がはっきりしたサービスを選ぶことが、家の回線を守ることにつながります。
事務所や店舗では、さらに3つ
警察庁などは、機器を使う事業者や組織の対策として、上の対策に加えて次の3つを挙げています。
対策
小さな事務所での具体例
承認していない機器を業務のネットワークにつながない
社員が持ち込んだテレビ端末や私物の機器を、業務用のWi-Fiにつながせない
業務用とIoT機器のネットワークを分ける
待合室のテレビやカメラは、ゲスト用Wi-Fiなど別のネットワークにつなぐ
ファイアウォールやアクセス制御を適切に運用する
ルーターの管理画面で、使っていない機能や外部からの管理機能を止める
警察庁は、捜査で住民に協力を求める場合があるとしています。一方で、警察を名乗る電話でお金をだまし取る「ニセ警察詐欺」の被害は、2026年上半期だけで507.9億円にのぼります。「あなたの回線が犯罪に使われた」と電話が来ても、その場で応じず、自分で調べた警察署の番号にかけ直して確かめてください。
今日からできること
最後に、家庭と事務所でやることをまとめます。
家と事務所にある「テレビにつなぐ小さな端末」を数え、無料で見放題をうたうものはネットから外す
スマホに収益アプリや提供元の分からない無料VPNが入っていないか、家族の分も確かめる
ルーターやカメラの更新を最新にし、サポートが終わった機器は買い替えの予定を立てる
事務所では、業務用のネットワークとテレビ・カメラ用のネットワークを分ける
離れて暮らす親の家にも、通販で買った格安の動画端末がないか、帰省のときに見てあげる
格安の端末は、安さの代わりに家の回線を差し出している場合があります。「無料」「格安」「稼げる」の3つの言葉を見たら、一度立ち止まってください。