生成AIで作った告知ポスターやメニューが、SNSで批判される例が続いています。9月30日には東京地裁が、人の声もパブリシティ権で守られうるという判断を示しました。広報や総務がAIの画像や音声を使う前に確かめることを、事例と公的な資料からまとめます。
いぶすき菜の花マラソンのポスターで何が起きたか
話題になったのは、2027年1月10日に鹿児島県指宿市で開かれる「第44回いぶすき菜の花マラソン」の告知ポスターです。ITmedia NEWSによると、ポスターは7月24日から公開されていました。大会の公式サイトは、県内で多くのポスターを描いているイラストレーターが手がけたと説明していました。
9月7日、X上で「生成AIイラストの特徴が出ている」という投稿が広がりました。「肝心の菜の花の形状が全然違う」「明らかにAIを使っているのにイラストレーター?」といった声が上がりました。
大会事務局は9月8日に説明文を出しました。デザイナーに制作を頼み、生成AIを使いながら、デザイナーが構成やデザイン、画像の加工や修正をして仕上げたという内容です。これまでの「イラストレーター」という表記は、正確には「グラフィックデザイナー」だったと改めています。
菜の花の表現については、本来の形と違って見える部分があり、制作と校正の段階での確認不足だったとしておわびしました。一方で、ポスターは指宿の景観や観光の素材を盛り込んだものだとして、引き続き使う方針です。
いぶすき菜の花マラソン大会事務局が出した、ポスターについての説明文出典: いぶすき菜の花マラソン大会事務局(引用)
批判が集まった2つの点
この例で指摘が集中したのは、次の2点でした。
| 点 |
中身 |
広報が学べること |
| 描写の誤り |
大会の名前にもなっている菜の花の形が違う |
地元の名物や商品は、現物や写真と見比べる |
| 説明のずれ |
AIを使ったのに、イラストレーターが描いたと説明 |
制作者の肩書きや作り方の説明を実態に合わせる |
ほかにもあるAI素材への批判
ITmedia NEWSは、ほかにもAI素材が批判された例を伝えています。
| 時期 |
事例 |
指摘された点 |
| 7月 |
スーパーの青果売り場に並んだ、生成AIのイラスト入りのポップ |
「ごちゃごちゃしている」「食欲が湧かない」 |
| 8月 |
サービスエリアの飲食店などの、AIで作ったとみられるメニュー写真 |
料理の表面の不自然な粒や光沢。「食欲が削られる」 |
ポップの件では、賛成する声もありました。きぬた歯科の院長は、ごちゃごちゃさせることで買う気を刺激する作戦だとして「これはアリ」と投稿しています。受け止め方は人によって分かれます。
なぜ炎上しやすいのか
3つの例を並べると、批判が起きやすい理由が見えてきます。
- 事実と違う描写がある(名物の形、料理の見た目)
- 作り方や制作者についての説明が、実態と食い違う
- 見る人が期待するものとずれる(食べ物なら実物を見たい)
- 誰かの作品や声に似ていないかという不安を呼ぶ
一つめと二つめは、公開前の確認で防げます。四つめは、権利の知識が必要です。
声の権利:東京地裁が9月30日に示した判断
声優の津田健次郎さんが、動画アプリ「TikTok」の運営会社に動画の削除を求めた裁判です。ITmedia NEWSによると、氏名不詳の投稿者が、津田さんの声に似せたナレーション付きの動画を投稿していました。
期間は2024年7月から2025年9月で、少なくとも188本にのぼります。投稿者のアカウントのフォロワーは21万人以上いました。
東京地裁は9月30日の判決で、人の声は肖像と同じく「個人の人格の象徴」だと位置づけました。そのうえで、実演家の声を無断で使う行為について、次のように示しています。
パブリシティ権とは、有名人の名前や肖像が持つ、客を引きつける力を本人が独占できる権利です。法律に明文の規定はなく、判例で認められてきました。
削除の請求そのものは退けられました。投稿者が5月29日にアカウントを消し、動画のデータは6月28日の経過でサーバーから消えていたためです。問題の動画が侵害に当たるかどうかは判断していません。
弁護士ドットコムニュースによると、津田さん側の平野敬弁護士は判決の意義を強調しました。声がパブリシティ権の対象になると明示した判決は「初めてになる」と話しています。津田さん側は控訴しない方針で、損害賠償はもともと求めていませんでした。
法務省の解釈指針が示す3つの型
法務省の検討会は8月、生成AIによるパブリシティ権侵害についての報告書をまとめました。報告書は、声は人を見分ける情報であり、個人の人格の象徴でもあるとして、パブリシティ権の保護の対象になるとしています。
侵害になるのは、もっぱら声の顧客吸引力を利用する目的といえる場合です。報告書は、その典型として次の3つの型を挙げています。
| 型 |
中身 |
広報で起こりそうな例 |
| 第1類型 |
声そのものを、鑑賞の対象となる商品として使う |
有名人に似た声のボイスメッセージを販売する |
| 第2類型 |
商品の差別化のために、声を商品に付ける |
自社アプリの案内音声に、有名人に似た声を使う |
| 第3類型 |
声を商品の広告として使う |
動画広告のナレーションを、人気声優に似たAI音声にする |
報告書は、本人に似た声についても考え方を示しています。聞いた人がその声を本人の声だと受け取れるなら、本人の声を使ったと認められるとしています。声の似ている度合いに加えて、本人を思い出させる情報が添えられているかも考えに入れます。
ものまねや声まねは、芸をする人自身の名前を示して行うものなので、通常は侵害にならないとしています。ただし、名前を示さず、聞いた人が本人だと誤解するような使い方では、侵害になる余地があります。
報告書は、声が人格権に由来する「みだりに利用されない権利」の対象にもなるとしています。この権利は有名人に限らず、誰にでも関係します。社員や出演者の声をAIで再現して使うときは、本人の同意を書面で取っておきましょう。
報告書は、不正競争防止法で争える場合も整理しています。津田さん側も裁判で、不正競争防止法違反を主張していました。本人のナレーションと混同させる行為だという主張です。
「声が似ている」の証明は難しい
弁護士ドットコムニュースによると、この裁判では、声がどれだけ似ているかを示すことが高い壁でした。平野弁護士は、書面と言葉で進む裁判は、音声の似ている度合いと相性が悪いと説明しています。津田さん側は、複数の深層学習モデルで音声を分析して比べ、使ったプログラムのコードまで証拠として出しました。
会社が訴えられる側になれば、この立証の負担は相手にあります。ただ、裁判になった時点で、広報としての信用は大きく傷つきます。似た声を使わないことが、いちばん確かな予防策です。
画像は「似ているか」と「もとにしたか」で判断される
ポスターなどの画像は、著作権の問題になります。文化審議会著作権分科会の小委員会は2024年3月、「AIと著作権に関する考え方について」をまとめました。
AIで作ったものを使う場面では、人がAIを使わずに作る場合と同じ基準で判断されます。既存の作品と似ていること(類似性)と、それをもとにしたこと(依拠性)の両方が認められると、著作権の侵害になります。
文書は、AIを使う人が既存の作品を知っていて、それに似たものを作らせた場合は、依拠性が認められると整理しています。例として、既存の作品そのものを入力して画像を作る場合や、作品の題名などの固有名詞を入力する場合を挙げています。
AI素材を使ってよい場面、避けたい場面
AI素材を一律に禁止すると、案出しや社内資料での便利さまで失います。事例と資料を踏まえて、場面ごとに線を引いておくと判断が速くなります。
| 判断 |
場面の例 |
理由 |
| 使ってよい |
企画段階のラフや案出し、社内資料のイメージ図、抽象的な背景や模様 |
外に出ない、または事実の描写を含まない |
| 慎重に使う |
地元の名物や商品の代わりの絵、料理の写真、人物が写る広告 |
形や見た目の誤りが、そのまま批判につながる |
| 使わない |
実在の人物や有名人に似せた画像、他社の作品名を入れて作った画像、有名人に似た声 |
肖像や声、著作権の侵害を疑われる |
慎重に使う場面では、現物や写真との見比べを必ず入れます。菜の花の例のように、名前に入っている名物の形が違うと、見た人はすぐに気づきます。
広報・総務がAI素材を使う前のチェック表
ここまでの事例と資料をもとに、制作の流れに沿ったチェック表を作りました。
| 段階 |
確かめること |
担当の例 |
| 企画 |
AIを使うかどうか、使う範囲(背景だけ、案出しだけなど)を決めた |
広報の責任者 |
| 発注 |
制作会社への依頼書に、AIを使うかどうかの申告を求めた |
広報 |
| 指示 |
他社の作品名、キャラクター名、人物名を入力していない |
制作者 |
| 指示 |
既存の画像を読み込ませて作り直させていない |
制作者 |
| 確認 |
名物、商品、地名、文字、人の手や指などを、現物や写真と見比べた |
広報と地元の担当者 |
| 確認 |
実在の人物や有名人、既存のキャラクターに似ていない |
広報と法務 |
| 確認 |
音声が有名人や声優に似ていない。似せる指示をしていない |
広報と法務 |
| 説明 |
制作者の肩書きと作り方の説明が、実態と合っている |
広報 |
| 契約 |
使ったAIサービスの規約で、商用での利用が認められている |
法務 |
| 公開後 |
指摘を受けたときの窓口と、差し替えを決める基準がある |
広報の責任者 |
作り方を説明する文の例も載せておきます。実態に合わせて直して使ってください。
「このポスターは、デザイナーが生成AIで作った画像をもとに、構成・加工・修正を行って制作しました。」
指摘を受けたときの対応
公開したあとに指摘を受けたら、早く、事実に沿って説明することが先決です。いぶすき菜の花マラソンの事務局は、指摘が広がった翌日に説明文を出しました。
説明文には、次の4点を入れます。
- どの工程で、どのようにAIを使ったか
- 以前の説明に誤りがあれば、その訂正
- 描写の誤りなど、確認が足りなかった点と、そのおわび
- 素材をこのまま使うのか、差し替えるのか
使い続けるか差し替えるかは、誤りの大きさで決めます。地名や商品の取り違えなど事実の誤りがある場合は、差し替えを先に検討します。
今日からできること
- いま使っているポスターやWebの画像、動画の音声に、AIで作った素材がないかを制作担当に確かめる
- 制作会社への依頼書のひな形に、AIを使うかどうかの申告欄を足す
- 上のチェック表を、広報と法務で共有する
- 有名人や声優に似た声を、広告や案内に使わないことを社内の決まりにする
- 指摘を受けたときの窓口と、差し替えの判断をする人を決めておく