「会社にAIはあるけれど、実は自分で契約しているAIの方を使いたい」。そんな本音を、ブログやQ&Aでよく見かけるようになりました。一方で情シスには、情報漏えいや記録、権限、費用という、外せない事情があります。
この特集では、公開されている声5件と、官公庁・調査会社の公開の調査を読み、両方の言い分を並べました。最後に、どちらも損をしにくい落としどころを「今日からできること」にまとめます。公開されている声5件を読んで整理(編集部)した内容で、個人や会社が特定できる話は使っていません。
社員の本音は「AIが嫌」ではなく「使いにくい」
読んだ声に共通していたのは、会社のAIへの不満が、ほとんど「性能」ではなく「手間」と「できないこと」だった点です。
会社の通達で業務のAIが「Copilotのみ」になったという、noteの書き手(189Jury)は、複数のAIを使い分けていた人でした。セキュリティの面で理由があることは理解しています。そのうえで、困りごとを具体的に書いています。
ただ、この「ひと手間」を前提にしなければならないのは正直かなり面倒です。一発で終わらないだけで、こんなにもストレスが違うのかと痛感しました。
出典: 189Jury「会社が「Copilotのみ」にAI利用を制限。複数AIを使い分けている私の絶望…」(note)
これはフローチャートを作る場面の話で、Copilotでも拡張機能や外部サイトで画像にできる、という前提の上での感想です。ほかにも、長いコードの出力を延々とスクロールして見返すこと、画面の見た目が仕事道具として落ち着かないことが挙げられていました(書き手自身が「個人の好みかもしれない」と断っています)。
つまり不満は、安全のためのルールそのものより、日々の小さな引っかかりの積み重ねです。1回は数十秒でも、毎日続くと「個人のAIならすぐ終わるのに」という気持ちが育ちます。
配られたAIが、仕事の中身に届いていないこともある
別の角度の声もあります。社内にChatGPTを配っても利用が1割ほどにとどまる、という2024年1月のQiitaの記事です。理由は、素のAIは社内の情報にさわれないから、と整理されています。
素のChatGPTがつまりどういう状態かというと、とてつもなく優秀な人材を採用して、インターネットが使える環境は与えるものの、社内情報には一切アクセスさせない状態に隔離している状態になります。
出典: jin watanabe「ChatGPTを社内に配ってもあまり使われない本当の理由」(Qiita・2024年1月)
社内の仕事の多くは、社内のルールや資料に基づいています。そこに触れないAIでは、使える場面が限られます。安全に隔離したことが、そのまま「使い切れない」につながる、という指摘です。古い記事なので、いまは社内データにつなぐ機能も増えています。ただ、「隔離すると便利さが減る」という構造は変わりません。
情シスの事情は「性能で負けているから」ではない
社員から見ると「なぜうちはこんなに遅れているのか」と感じる場面でも、情シスには別の理由があります。
「うちの会社、ChatGPTは禁止。でもMicrosoft Copilotなら使えるんだよね」
出典: ぽこまる×現場AI活用術「大手企業ではなぜ未だに「Copilotしか使えない」のか?徹底解説」(note・2026年6月)
この記事は、大手企業がCopilotに寄せる理由を3つにまとめ、「性能ではなく統制の話」だと書いています。ここでは、書かれている内容を私たちの言葉で整理します。
| 情シスが気にすること |
具体的に何を見ているか |
| 情報漏えい |
入力した情報が、どこへ行き、何に使われるか(学習に使われないか) |
| ログ |
誰が、いつ、何を使ったかを後から確認できるか |
| 権限 |
本来見られない資料が、AI経由で見えてしまわないか |
| 費用 |
すでに契約している基盤の中で、管理とお金を抑えられるか |
公式の資料でも、同じ心配が裏づけられます。総務省の令和8年版情報通信白書では、企業が生成AIの活用で懸念するリスクとして、日本は「社内情報の漏洩などのセキュリティリスクがある」が最も高く、次いで「出力結果の精度に問題がある」「著作権等の権利を侵害する可能性がある」の順でした。
IPAの「情報セキュリティ10大脅威 2026」では、組織向けの脅威に「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初めて入り、3位でした。情シスが慎重になるのは、気分ではなく、世の中の評価と同じ向きです。
また、会社の方針も動いています。同じ白書によると、生成AIの活用方針を「積極的に活用する」か「領域を限定して利用する」と答えた日本の企業は、2025年度調査で68.9%でした。前年度の調査では49.7%です。大企業は74.0%、中小企業は58.1%でした。「禁止」から「条件つきで使う」へ、会社も動いています。
数字で見るシャドーAI 禁止しても、ルールがあっても使われる
会社が認めていないAIを業務で使うことを、シャドーAIと呼びます。公開の調査から、実態の数字を2つ見ます。
角川アスキー総合研究所の調査(2026年4月実施・310人)
上場企業か従業員300人以上の非上場企業に勤める、経営者・役員と従業員310人への調査です。2026年8月10日に発表され、書籍『AI白書2026』に載ります。会社公式でないAIツールの業務利用経験は、次のとおりでした。
| 区分 |
公式外AIの業務利用経験 |
| 課長以上の管理職 |
46.5% |
| 係長以下の一般社員 |
38.1% |
| 全社共通のガイドラインを整備済みの会社 |
46.9% |
| ガイドラインが一部の整備の会社 |
50.0% |
注目点は2つです。1つ目は、ルールを作る側の管理職の方が、一般社員より使っていること。「ルールやガイドラインが現場の実態に追いついていない」と答えた割合も、管理職57.4%、一般社員47.1%でした。2つ目は、全社でガイドラインを整えた会社でも、使われる割合が下がっていないことです。全社で整備した会社でも45.1%が「ルールが現場の実態に追いついていない」と答えています。
エルテスの調査(2026年1月実施・300人)
会社員・公務員300人への小さな調査です。生成AIを仕事で使う人は34.3%でした。その利用者の、少なくとも約5人に1人が、会社の認めていないAIを使っていた(20人)と報告されています。また、自分の組織にAIの利用ガイドラインがないと答えた人が45%いました。ガイドラインがある組織の人の方が、リスクの理解も、承認されたツールを選ぶ傾向も高かったとされています。
回答数が少ない調査なので、数字は目安として読むのが安全です。それでも、2つの調査は同じ方向を指しています。禁止やルールの有無だけでは、使われ方は決まりません。
社員の声、情シスの事情、公式外AIの利用経験、落としどころを1枚にした図作成: 編集部 / もとの資料: 角川アスキー総合研究所 AI白書2026 独自調査
禁止すると、リスクは消えずに見えなくなる
情シス側の実務メモでも、同じ結論が出ています。ひとり情シスの立場で、全面禁止以外の現実解を書いたQiitaの記事は、禁止の弱点をこう言います。
禁止はリスクをなくすのではなく、リスクを見えなくするだけです。
出典: hosinono62「ひとり情シスのための生成AI社内ルール整備 「全面禁止」以外の現実解」(Qiita・2026年7月)
理由として、禁止の環境ではうっかり顧客情報を入力した人が報告しにくい、報告した瞬間にルール違反が確定するからだ、と書かれています。ここは社員にも情シスにも関わる話です。社員は黙って使い続け、情シスは何が起きているか分からないまま、事故の報告だけが来なくなります。
Zennの実務メモ(ガン爺)も、ガイドラインの目的を「使わせないこと」ではなく、安全に使わせて、野良利用(シャドーAI)をなくすことだと書いています。禁止だけして終わると、現場は隠れて使い、かえって統制が効かなくなる、という指摘です。
落としどころ 禁止か許可かではなく「4点セット」
読んだ記事と調査から、両者がうまくやるための形を4つにまとめました。どれも大きな投資は要りません。
1. 使ってよい範囲を、情報の区分で決める
「使う・使わない」ではなく、「どの情報を、どのAIに入れてよいか」で決めます。たとえば次のような表です。
| 情報の区分 |
例 |
会社のAI |
個人のAI |
| 公開してよい情報 |
公式サイトの文章、一般的な調べもの |
使ってよい |
使ってよい(会社の許可の範囲で) |
| 社内限り |
社内の手順、議事録 |
使ってよい |
入れない |
| 個人情報・顧客情報 |
氏名、連絡先、契約の内容 |
承認された条件でのみ |
入れない |
| 預かった情報 |
秘密保持契約の対象、図面 |
入れない(個別に相談) |
入れない |
表の中身は会社ごとに変えてください。大事なのは、判断を人の勘に任せず、迷ったときに見る表を1枚作ることです。
2. 申請の窓口を作る
「このAIを使いたい」「この機能が足りない」を伝える場所です。窓口があると、社員は黙って使う代わりに要望を出せ、情シスは何が求められているかを知れます。前述のQiitaの記事は、公式のルート、申請窓口、責めない記録の3点を「受け皿」と呼んでいます。審査の観点としては、入力が学習に使われるか、提供元の透明性、商用利用の可否、出力の権利、アカウントを会社で管理できるか、の5点が挙げられていました。
3. 小さく試せる場を持つ
本番の業務データを使わない、お試しの場です。公開情報だけで試す日を決める、数人の希望者で1か月だけ別のAIを試す、などで十分です。情シスは試した結果を見て、管理できる形かを判断できます。社員にとっては「正式に試していい場所」ができます。
4. ガイドラインは7割で出して、直し続ける
AIの進み方は速く、完璧な版を待つと出せません。前述のZennの実務メモは、7割の出来で出して、半年ごとに見直す進め方を勧めています。角川アスキー総合研究所の調査も、ルールは作るだけでなく、現場の変化に合わせて運用し続けることが求められると述べています。
関連して、自社で使うAIの選び方は業務用の生成AIサービスの地図に、AIに権限を持たせるときの注意はAIエージェントの権限とAPIキーの扱いにまとめています。
今日からできること
立場ごとに、今日できることを分けました。
社員の方
- 会社のAIで「できないこと」を、1つずつ書き出します。「画像で出したい」「社内の資料を読ませたい」のように、具体的に書くと伝わります。
- 個人のAIに会社の情報を入れる前に、上の表の区分で考えます。迷ったら入れず、情シスに「この使い方はよいですか」と聞きます。
- 聞くときの文面は、たとえば次のとおりです。「〇〇の作業に毎回10分かかっています。△△ができれば短くなると考えています。使ってよい範囲を教えてもらえますか」。
情シス・管理職の方
- 情報の区分と、使ってよいAIの表を、1枚で作ります。70%の出来でかまいません。
- 申請の窓口を決めます。専用のフォームでなくても、既存の問い合わせ先に「AIの相談」の項目を足すだけで始められます。
- 「責めない」と先に書きます。うっかり入力した場合の報告先と、報告した人を責めない方針を、ガイドラインに入れます。
- 試せる場を1つ決めます。公開情報だけで、希望者数人から始めます。
- 半年後の見直しの日を、カレンダーに入れます。調査では、ガイドラインを整えても現場の実態に追いつかない会社が多く見られました。
会社のAIが使いにくいことと、情シスが慎重なことは、両方とも正しいことが多いのです。間にあるのは対立ではなく、情報の区分と窓口がまだ無い、という段取りの不足です。
確かめきれなかったこと
- 読んだ声は個人の経験で、全体の傾向を示すものではありません。本文の数字は、調査を出した会社と官公庁の公開の資料のとおりです。
- エルテスの調査は300人の小さな調査です。角川アスキー総合研究所の調査も310人で、上場・非上場の差など、細かく見ると回答数が少ない区分があります。